【身近過ぎて、意外と知られていない】ゴータマ・シッダールタが開祖したインド発祥の仏教が、日本人の大半が信仰するとされる仏教と異なる点とその理由について。
仏教にも宗派があり、様々なお釈迦様のイメージがあります。しかし、仏教は元々インドでゴータマ・シッダールタが開祖した宗教で、中国を伝わって日本にやってきた経緯があります。インドで生まれた仏教から、日本で独自に育まれてきた仏教の特徴を挙げて、その理由について調べてみました。すると、なんとなく聞いたことはあるが詳細は知らないといったことや、こういうことだったのかと意外と知られていないことが分かったのでご紹介したいと思います。もちろん、諸説あるかと思いますし、考え方によって内容が異なる場合もありますので、入門編としてお考え下さい。ひとまず起源から遡り、原始仏教から派生した3つ目までをご紹介します。
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最終更新日5 17, 2019
【中国を経由して、聖徳太子が広めたとされる初期の日本仏教】ソース:歴人マガジン
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5 17, 2019
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その後、仏教は中国に渡り、誤解を恐れずにわかりやすくいうと、孔子を始祖とする儒教などの考え方と合わさり、文字文化などを共に日本に伝わりました。聖徳太子は、仏教のみならず儒教、それに神道を組み合わせて、日本初の憲法となる十七条憲法を制定します。さあ、ここでなぜ私たちがいくつかの宗教の考え方が混ぜ合わさっているのかの理由が、なんとなく少し分かった気がしますね。また、聖徳太子自身は政治の道を離れた後、仏教の布教に努め、いくつかの寺院を建立したと言われています。これらの歴史的背景を鑑みると、日本の寺院がインドや中国のものと似ている気はするが、異なる所以も納得ですね。
【大乗仏教の誕生と中国への伝搬】部派仏教に異を唱え、宗教改革が起こり生まれた「大乗仏教」。そんな大乗仏教が中国へ伝えられた。ソース:biz.trans-suite.jp
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5 17, 2019
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釈迦の死後、弟子たちが釈迦の教えを広めようとする中で、部派が生まれ、部派仏教が生まれました。この頃から仏教は政治利用が始まったと言われており、インドのアショーカ王の保護を受けて大教団へと発展。しかし、本来民衆の中にあるはずだった仏教が手を離れてしまったこともあり、そこから生まれた指導者である「龍樹(りゅうじゅ)」は自らを大乗仏教と呼び、「空観」と呼ばれる思想が生まれました。そして、ここでようやく皆さんも聞いたことのある「菩薩」の登場です。菩薩とは実は、利他的行動を行う人を菩薩と呼んでおり、慈悲に基づく教えを説きました。その他経典に関する内容も、そうだったのかと初めて知った内容も含まれていたので、詳細はリンク先をご確認下さい。しかし、ここでようやく聞いたことのある「弥勒菩薩」や「菩薩」という名称が出てきました。こういう流れで出てきた存在だということは知らなかったので、あまり頭に入っていませんでしたが、体系的に読み込んでいくと、スッと入りやすいものですね。
【仏教初期、開祖から釈迦の死後まで】初期の仏教である「原始仏教」から、釈迦の死後に部派した部派仏教の発展まで。ソース:team.surf
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5 17, 2019
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時と土地を経て、様々な考え方や解釈、そして、その地に根付いた信仰と共に、各時代及び国によって独自の発展を遂げてきた仏教。ゴータマ・シッダールタが開祖した仏教は、初期仏教や原始仏教と呼ばれており、あらゆる仏教に通ずる教えがそこにあります。初期仏教では、仏教の本質とでも言うべき「法に対する帰依」が説かれており、現在でよく見かける仏像は、釈迦在世時には存在せず、釈迦は悟りへの道を説くにあたり、仏・法・僧の「三法」を敬い、3つの真理を説いたと言われています。それが「三法印」と呼ばれる「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」であり、これに「一切皆苦」を加えて、四諦とする場合もあるそうです。それぞれの内容はリンク先の解説に詳しいので、お読み下さい。また、ゴータマ・シッダールタの開祖までの物語や彼の残した言葉も、仏教の開祖であるが故の納得感と親しみがあるので、もしご興味を持たれた方はそちらも併せて調べてみるとより理解が深まるかもしれません。ひとまず、初期には仏像はなかったと言われていることが、なかなかおもしろい事実だと感じました。
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